最明寺を知る

最明寺を知る

 

ご挨拶

当山の始まりは行基菩薩が薬師如来像を刻み安置したとされる大宝元年(701年)に遡ります。当時は如意輪寺と呼ばれていました。
鎌倉時代に入り、最明寺入道北条時頼が当山を鎌倉御祈願所と定めたことにより、寺名を福寿山来迎院最明寺と改めました。その後二度の火災に遭い、明治年間に現在の音川の地に移ってきました。
 
最明寺は萩寺と呼ばれておりますが、41世住職明圓が境内の片隅にひっそりと咲いていた萩の花の美しさに魅せられ、萩を増やしたことから始まります。今では境内一面に萩が広がり、毎年9月になると秋の訪れを告げ、萩の花を見に多くの参拝者が訪れます。
また、地元塩江は行基菩薩ゆかりの温泉の町ですが、塩江温泉の薬師堂には当山本尊薬師如来の分霊が祀られているといわれております。真言宗御室派の寺院で、本山は京都の仁和寺です。
 

第44代最明寺住職
堀川 昌海

最明寺の歴史

 

大宝元年(701年)

行基菩薩が薬師如来安置 如意輪寺開山

弘仁12年(821年)

弘法大師が千手観音を安置

文応元年(1260年)

北条時頼が当山を鎌倉御祈願所と定め、寺名を福寿山来迎院最明寺に改める

天正13年(1585年)

長宗我部元親の戦火にあう

明治年間

火災にあい、現在の境内地に再建

 
 行基菩薩が刻んだ薬師如来を祀る萩の寺。塩江の山河に囲まれ、お大師さんに見守られ、静かで穏やかな時が流れる境内。本堂から庭を眺めながら、移ろいゆく季節を感じられる山寺です。